【最強マニュアル】新規事業の立ち上げプロセス 〜 大企業編
【最強マニュアル】新規事業の立ち上げプロセス 〜 大企業編

【何からすべき?】新規事業立ち上げプロセス~大企業編

作成日: 21/05/10 06:58
更新日: 21/05/10 06:58

大企業などの成熟した組織で新規事業を立ち上げるのは、想像をはるかに上回る労力を必要とします。そこには、ベンチャー起業家が直面する困難とは全く異なるハードルが多数存在します。

「アイデアをすぐに形にして(プロトタイプ開発やMVPなどと呼ばれるもの)、素早く市場に出して検証する」

という起業家の中では当たり前の新規事業立ち上げアプローチは、成熟した大組織では全くと言っていいほど機能しません。巷にあふれる情報の多くが、「ベンチャーのアプローチを取り入れろ」という論調ばかりであることに、私は強い問題意識を抱いています。というのも、そのアプローチは私が何度も挑戦し、尽く失敗してきた手法です。

実際に私が直面してきた具体的な例を挙げてみましょう。

・意思決定者全員の納得を得ないと、物事を先に進められない

・プロトタイプの開発なのに、億単位の投資が必要となってしまう(セキュリティ対応等の厳しい社内規程が要因)

・失敗の代償が大きすぎて、事業にオーナーシップを持ったリーダーが不在

ここに挙げた課題は、数名で始めるスタートアップ起業では、通常起こりえないことです。意思決定者は数名、億単位のお金はそもそもありませんし、リーダー不在の起業などありえない話です。先に挙げた例は起業家にとっては馬鹿馬鹿しい内容に映るかもしれませんが、成熟した大組織で新規事業を立ち上げる上では、避けて通れない困難なのです。

この記事を書いている人(自己紹介)

私は大学を卒業後、新卒でアクセンチュアという外資系コンサルティング会社に就職し、同社の戦略コンサルタントとしてキャリアをスタートしました。その後、ビジネス書籍の要約サイト「Flier(フライヤー)」の共同創業者として起業家の道に進みました。同社を退職後、大企業向けのコンサルタント経験と起業家の経験を掛け合わせて、「成熟した大組織で新規事業を立ち上げる方法」の研究をスタートしました。それから約7年間、複数のクライアント(レガシー日本企業)に深く関与し、数多くの新規事業の立ち上げを試みました。市場にローンチしたサービスは複数存在しますし、結果的に市場に出せなかったサービスはその何倍もあります。

成熟した大組織で新規事業を立ち上げる際に、現実問題として一体何が起こるのか、その問題を解決するために何をしたのか、この経験から得た知見を共有するのが本記事の趣旨です。現在、私の経営する会社では、その問題を解決するための複数のインターネットサービスを運営しています。なぜ私がそのソリューションを作ったのか、その背景の文脈も共有させて頂きたいと思っています。

多くの新規事業担当者はリスクを取り過ぎている

成熟した大組織において、まず最初にハードルとなるのは「失敗が許されない」という各所からのプレッシャーでしょう。たった一つ黒星が付くだけでその後のキャリアの足枷となり、出世にマイナス影響を及ぼすのは何もドラマの中だけの話ではありません。こうした環境においては、不確実性が低く、殆ど計画通りに成果を上げることができる「既存事業の改善」を行う方が、高く評価されます。不確実性が高く、成功確率の低い「新規事業部門」への配属は「ジョーカー」であり、絶対引いてはいけないカードになります。

大企業の経営層の中には、以下の意見を持った人が必ずと言っていいほど存在します。

「新しいことに投資するよりも、既存事業の改善策を優先した方がいいのではないか?」

今の世代の経営層は、「これだけをやってきた」という人が実は大半かもしれません。確かに、既存事業において明らかに成長余地があり、投資すべき領域が明確に存在する場合、この発言は正しいでしょう。しかし、どの事業も成熟期に位置しており、多少のコスト削減余地がある程度...といった場合には必ずしも正しい意見とは言えません。ここで、「不確実な新規事業」と「目先の小さなコスト削減施策」のどちらを優先するべきかという議論となると、保守的な人ほど後者を選びたくなるものです。

この考え方は決して間違っているわけではありません。それゆえ新規事業の取組みに対して、常に悲観的なポジションを取る経営層(目先のコスト削減効果を優先したい人)は必ず存在するということです。

仮に一部からの反対を抑え込んで何とか新規事業を推進したとしても、少しでも雲行きが怪しくなれば「だから、自分は最初から反対していたんだ!」と、待っていたかのように新規事業批判を始めます(自分の意見が抑え込まれたので鬱憤が溜まっているのです)。指摘自体はもっともなので、推進派も不安感から熱量が下がり、ついには「本当にこのまま進めるべきなのか?」という議論に至ります。結果的に追加投資には大きなブレーキがかかり、生み出した新規事業は「塩漬け」か「撤退」になります。もしあなたが新規事業部門に在籍しているのであれば、残念ながら殆どのケースにおいて、この結末を迎えるでしょう。

もっとも、反対派の指摘が妥当である場合も往々にして存在します。というよりも、むしろ私は、新規事業部門の人は「やってみないと分からない」という言葉を武器に、過剰にリスクを取る傾向があるように感じています。

「勝てる勝負しかしない」というのが、本稿のベースとなる考え方です。多くの人は、勝負に出るのが早過ぎるのです。真面目な人ほど正々堂々とリスクを取ってビジネスに挑戦しようとします。しかし、最初から過剰にリスクを取ろうとすると、マーケットからカモにされます。マーケットとは、あなたが大きなリスクを取ってくれた方が儲かる人たちです。外部コンサルや施策実行を支援するBPOベンダーなどは、みんな揃って「積極的に投資するべきです」と言っていきます。

「うちの会社の意思決定者は、小さなコスト削減施策ばかり優先する人しかいない。だから新規事業は進まない...」

と愚痴を言う前に、「自らがリスクテイクし過ぎなのではないか」と疑ってみましょう。

ポイントは、大企業の新規事業部門においては「オフェンス」よりも「ディフェンス」を重視することです(実はこれは起業家でも同様だと思っています)。ディフェンス重視で新規事業を推進することができれば、反対派(確実なコスト削減施策を優先したい人)も納得せざるを得ない状況を作ることができます。

成功と失敗の定義を変える

ディフェンス重視の新規事業の進め方の具体論に入る前に、重要な前提の共有があります。当たり前と言えば当たり前の話なのですが、新規事業の試みの多くは、当初想定した事業計画通り、うまく進むことは殆どありません。端的に言えば、残念ながら「新規事業の試みの多くは失敗する(皆の言うところの)」ということです。起業家も殆ど失敗します。それと同様の現象が起こるのです。

ここで、新規事業における「失敗」の定義を改めて考えてみたいと思います。私は新規事業開発を以下に示す図(図1)のようにイメージしています。

図1:新規事業開発のイメージ

初期の段階では白とも黒とも言えないグレーな仮説を検証の筒に放り込むと、白か黒かハッキリする、という考え方です。結果的にグレーな仮説が白(True)だった場合、事業は市場に受け入れられ、ビジネスとしての成果(つまりは収益)が生まれます。一方、グレーな仮説が黒(False)だった場合、事業は市場に受け入れられず、ビジネスとしての成果は生まれません。

私は「白黒ハッキリさせること」こそが、新規事業開発における「成功」であると考えています。グレーな仮説が間違っていた(黒だった)、ということもビジネスとしては重要な成果である、という考え方です。このように考えると、「どれだけ効率的に白黒の判定を付けたのか」が評価のポイントとなります。負った傷(時間と費用)が浅ければ浅いほど、優れた仮説検証アプローチと言えます。

新規事業を推進する前に、この前提をうまく組織内で共有・合意することができれば、一つの黒星が著しく不利に働くような評価にはならず、安心して「黒(False)」を出すことができます。ただし、マネジメント層とは、どのような仮説(グレーの球)に対して、どういうアプローチで白黒を付けるのか、その仮説を検証する意義と、検証アプローチの効率性について認識を合わせると良いでしょう。検証の結果は誰にもわかりませんが、白黒ハッキリさせるための活動計画の不確実性はさほど高くありません。

アイデアよりも実行が大事、は本当か?

起業や新規事業に関する記事を読むと「アイデアよりも、実行の方が遥かに大切だ」という考え方を頻繁に目にします。私も「確かにその通りかもしれない」と感じることがあります。それくらい「最後まで執着して実行する」というのは難易度が高いのです。しかし、私は特にスタートアップ起業家ではなく、大企業で新規事業を推進する場合においては、「一周回って、アイデアも相当に大事だ」と感じています。ある程度やり切る能力を身に着けた人にとっては、「どの山を登るのか」が全てであると言っても過言ではありません。

ここにはカラクリがあります。スタートアップ起業家にとって実行が大事だと語られる理由は、彼らがピヴォット(柔軟にプロダクトの軸をずらしていく)しやすい、という特徴があるからです。仮説検証を続けていると、様々な追加情報が得られます。そして、初期のアイデアが間違っていた、ということが往々にあります。こうした場合、起業家は柔軟にアイデアをピヴォットし、マーケットニーズに合う形に変化させていきます。ほぼ創業メンバーだけの意思決定で、これができる環境下においてはこれは、「アイデア」よりも「実行」に重きを置いた方が成果が出るでしょう。

しかし、成熟した大企業においてピヴォットをするのは、容易なことではありません。リーダーにかなりの裁量が与えられている組織の場合は、それができるかもしれませんが、私が経験した限りでは、多くの企業では現実問題として難しいのではないかと思います。ピヴォットしたい場合は、当初意思決定を行なったレベルにまで情報を上程していく必要があります。それを行うには、相応の準備と期間を要するため(早くて3カ月くらい)、何度も何度もピボットすることを前提とすると、全然先に進まないわけです。

精度の低いアイデアから「とりあえず、やってみなはれ」で検証に入って、実行しているうちにピボットを繰り返してアイデアの精度を高めていく、というアプローチは数名のスタートアップだからこそ成り立つ手法なのです。

この状況を打破するためには、どうすればよいでしょうか。その答えは、可能な限り初期の段階で、アイデアの精度を高める、ということです。昨今、成熟した組織の新規事業がうまく進んでいないのは、「とりあえずやってみる」という言葉が不用意に浸透しているせいだと私は感じています。成熟した大企業で効率的に新規事業開発を進めるためには、初期段階で「この仮説は絶対に検証する価値がある」と多くの人が合意できるレベルまで、アイデアの質を高める取り組みが必要不可欠です。

起業家でも新規事業担当者でも、自分が何のアイデア(仮説)を検証しているのか、端的に明快に説明できる人は実際のところ多くありません。なんとなく、この課題をこうやって解決するのだ、こうやってマネタイズするのだ、というフワッとした話をよく耳にします。まずは、何の仮説(アイデア)を検証するのか、しっかりと言語化し、組織内でそれを合意することが必要不可欠です。

新規事業を一文で説明する「説フレームワーク」

次に新規事業アイデアを端的に表現する方法について、お話ししたいと思います。私は世界中のベンチャー企業の新規事業アイデアを「たった一文」で端的に紹介する「説ログ(https://setulog.com/)」というサービスを運営しています。このサービスを作るにあたって、私は既に数千社にも及ぶ海外ベンチャー企業の情報を調査しています。紆余曲折あったのですが、結果的に事業アイデアを一文で表現するフレームワークが生まれました。それが下図(図2)に示すものです。

図2:説のフレームワーク

「〜は、〜よりも、〜する方が、〜性が高い説」というフレームワークに当てはめると、新規事業アイデア(仮説)を端的に表現することができます。

私もコンサルティング会社在籍時代に、「仮説とは何か?」ということに頭を悩ませたことがあります。端的にこの問いに答えを出すのであれば、最後に「説」という語をつけて違和感のない文章が仮説と言えます。「なぜ〜なのか?」という文章に「説」をつけると明らかに違和感があります。しかし、「犯人はAさんではないか?」「次に向かうべきところはここではないか?」といった文章の最後に「説」を付けても違和感がないでしょう。その文章が仮説かそうでないかについては、文末に「説」を付けることで簡単に判断することができます。私も口癖のように仮説の最後には「説」という言葉を付けるようにしています。

関連サイト: 「説」形式で海外有力スタートアップを一文で紹介する1社10秒リサーチ「説ログ」

私はこのフレームワークを海外のベンチャー企業の調査に当てはめていますが、99%の新規事業アイデアはこのフレームワークで説明することができます(当てはまらない1%は、全く新しいテクノロジー自体を作っている場合、若しくはこの世にまだ存在していないプロセスを取り扱っているケースです)。このフレームワークの詳細は、本稿の主眼からはやや脱線してしまうので、より詳しくフレームワークを知りたい方は以下の記事をご覧ください。本稿では「99%の確率で新規事業アイデアを説明できるフレームワークだ」と認識して頂ければ十分です。

関連記事: 【最強フレームワーク】新規事業・DXアイデアの考え方

X軸とY軸の交差点

事業アイデアは一文で表現することが可能、という概念の共有ができましたので、次は「アイデアの質」について議論を進めていきたいと思います。

先ほどもご説明いたしましたが、成熟した大企業で新規事業を推進する上では、初期の段階で本当に検証する価値のあるレベルまで仮説の精度を高めることが求められます。では、検証する価値のある仮説を見極めるには、どのような手順を踏むのが適切でしょうか。

ここで「XとYの二軸」のお話をしたいと思います。X軸は「時流への適合度合い」です。Y軸は「自社への適合度合い」です(図3)。

図3:X軸とY軸の交差点

まずはX軸から議論を始めたいと思います。どんなに素晴らしい新規事業アイデアであったとしても、それを出すタイミングが不適切であれば、成果には繋がりません。難しいのは、タイミングが遅すぎても、逆に早すぎてもうまくいかないことです。

では適切なタイミングをどのように見定めれば良いでしょうか。起業家の場合は「自分のセンス」「そう思ったから」でいいかもしれませんが、それでは大企業の経営層を説得できません(経営層も株主に説明できません)。X軸を見極めるために、私が推奨しているアプローチは、世界の潮流を把握することです。具体的には、海外で注目されているベンチャー企業の事業アイデアを大量にインプットすることです。

現実的な話として、「新しい試み」は米国から始まることが非常に多いです(これ自体が問題だという人もいますが、本稿ではその議論はスコープ外とします)。「Uber」などが非常にわかりやすい事例ですが、世界のどこかで一つで成功事例が生まれると、類似のビジネスが世界中で立ち上がります。類似で立ち上がったビジネスは、本家の完全コピーではなく、展開地域に最適化された機能が付加されているケースが多いです。本家の成功事例が生まれてから、だいたい3〜5年程度で世界中にコピービジネスが生まれます。

私は新規事業アイデアの構想は、容赦無く先行事例をパクることを推奨しています(特に説明が求められる大企業の場合は尚更です)。自分オリジナルに拘りたい気持ちもわかりますが、自分オリジナルで生み出したアイデアがうまくいったとき、それは「たまたまX軸にハマった」ということになります。自分の脳だけで新規事業アイデアを何度出しても、X軸にしっかりハマる人がいるのであれば、それはもはや才能です。しかし、これが「たまたまX軸に乗った」ということであれば、再現性がなく一発屋になってしまいます。過去の一発の成功体験に、ずっと依存する痛い人になります。

しかしながら、海外事例を自分で調べるのは非常にタフな作業となります。そこで私が考案したのは、世界中のベンチャー企業の取り組みを、先ほどの一文フレームワークで大量に読み込む手法です。読めば読むほどに時代のトレンドを掴めると思います。先ほどもご紹介しましたが、「説ログ(https://setulog.com/)」という情報サイトになります。X軸を把握するために、是非使ってみてください(無料で始められます!)。

Y軸:自社への適合度合い

次にY軸の議論に移りたいと思います。Y軸は「自社への適合度合い」です。世の中では、同じ事業アイデアを同じタイミングで新規事業としてリリースしても、同じ結果にならないケースがあります。この違いがなぜ生まれるのか、というのは非常に奥ゆかしい論点です。この点は、私も実証的に証明していきたいのですが、それには非常に長期の研究を要します。ここで記すのは、私の現時点における解の仮説となります。

生み出した新規事業アイデアが、自社にどれだけフィットしているか考えてみましょう。ここには三つの観点があります。一つ目の観点は、ビジネスの対象が「B(法人・政府系を含む)」なのか「C(個人)」なのかです。BtoB系の事業にこれまでずっと取り組んできた会社が、BtoC系の事業に乗り出すのは非常にハードルが高い行為だと言えます。大きく括ると同じ業界だったとしても、顧客がBなのか、Cなのかでビジネスの進め方は全然違う、と思ったほうがいいでしょう。いきなりハードル高いことをやるのは避けた方が無難です。

二つ目の観点は、マネタイズモデルです。自社がこれまで稼いできた方法以外でマネタイズするのは、実際のところかなりハードルが高い行為です。X軸で時流に沿った「説」を出したら、次に「誰からどういう方法でマネタイズするのか」を考えてください。そのマネタイズ手法が、自社のこれまでの稼ぎ方にどれだけ類似しているのか、ということが重要です。例えば、BtoB領域のBPO収入が主たる収益源としてきた企業が、BtoC領域サービスで広告収入が主たる収益源の新規事業を立ち上げるとなると、経営層と合意するのにかなりの労力をすることになります。

三つ目の観点は、異なる業界への参入です。例えば、「カメラのフィルムメーカーが医薬品業界に参入した」だとか、「家具屋さんが飲食業界に参入した」といったケースがこれに該当します。そもそも、業界という区切りは最近非常に曖昧になってきています。この区切り自体がプロダクトアウト的な発想に由来しており、餅は餅屋に、自動車屋は良い自動車を作るとが全て、という発想が逆に経営を苦しめているかもしれません。

一般的に、最後に挙げた「異なる業界への参入」が最もハードルが高いように感じるかもしれません。しかし、①BtoBからBtoCに変える(もしくはその逆)、②マネタイズ手法を変える(仲介手数料→サービス対価など)、③業界を変える(家具→飲食など)、の三つ観点で比較すると、個人的に一番ハードルが高いのは②だと感じています。どうやらマネタイズ方法というのは、組織に深く根付いています。次にハードルが高いのは①で、最後は③だと思います。

しかし、いきなりこの三つの観点を用いて、Y軸を拡大解釈していくのは避けた方が無難です。まずは、既存顧客に対して、同じマネタイズ手法で、新しいサービスを提案しましょう。これが、新規事業開発を行う上で一番リスク低くなり、最も確実にY軸にハメる方法です。①~③のいずれかの観点を用いて事業開発を行う場合、それを自覚して相当な覚悟を持って取組まないと成果には繋がりません。経営層とのコミュニケーションにおいても、混迷を極めるのが必至です。

自分の特技(Y軸)を見極めるために、私が推奨しているアプローチは、過去の自社サービスを「説」の形式に変えて説明してみることです。可能であれば、過去に撤退したものも含めて「説」に言い換えてみると良いでしょう。収益を生み出した「説」と、生み出さなかった「説」、続いている「説」と撤退した「説」にどのような違いがあるでしょうか。収益を生み出した説は、誰からどのようにマネタイズしているでしょうか。過去の歴史を振り返ることで、それらの特徴(Y軸)を発見してみてください。

新規事業担当者は、X軸(時代の流れ)もY軸(自社の特技)も十分に考えず、ただひたすら悩んでいるケースが散見されます。外部の交流会に出ても、ベンチャー起業家とミーティングしても、はたまたシリコンバレーに訪問しても、X軸・Y軸が明らかになることはありません。ペンとノートを持って、ひたすら調査・作業するしかないのです。この孤独な戦いに耐え抜いて初めて光が差します。

説の質を評価する

X軸とY軸を意識して、新規事業アイデアを洗い出したら、次に一時的なスクリーニング評価を実施します。洗い出した仮説は、おそらく時流に合っていて(X軸)、自社の特技にも合致している(Y軸)でしょう。しかし、この段階で検証作業に入るのは時期尚早です。その前に、次の三つの観点から事業アイデアの評価を実施します。

① 説の主語に一定の規模があるか? ② 10倍改善の効果が見込めるか? ③ 技術的に実現できるか?

まず①についてです。説の一文フレームワークの主語(プロセス・財)は、即ち事業規模となります。例えば、「家畜の管理は、飼育員が手作業で管理するよりも、家畜用ウェアラブルデバイスから吸い上げたデータをAIで解析し飼育員が対応する方が、業務効率性が高い説」という新規事業アイデアがあったとしましょう。この場合、「家畜の管理」が主語になります。日本(世界でもいいです)で家畜はどの程度、飼育されているでしょうか。その頭数によってこの事業の規模感(市場規模)を大まかに試算することができるでしょう。

ここで仮に市場規模の20%程度のシェアをとった場合の収益規模を試算してみましょう。その規模は自社の間尺に合うものでしょうか?例えば、売上数百億円規模の会社において、売上数千万円規模のビジネスに投資するのは効率性が高いとは言えません(利益率が同程度の場合)。

次に②です。「過去の手法」と「新しい手法」を比較して、何らかの観点で10倍改善のインパクトがあるか、考えてみましょう。例えば、これまで10人必要だった業務が1人でできる、というのはわかりやすい10倍改善の効果です。人が新しいものを取り入れるというのは、想像以上にストレスがかかるものです。ちょっと想像してみてください。家の電子レンジが圧倒的に高機能になるからと言って、今のものが壊れてもいない状態で、直ぐに買い替えるでしょうか。別のメーカーのものを使うとすると、使い慣れたボタンはどこかになくなり、また使い方をゼロから学ばなければなりません。

身近な例で挙げると、「スマートフォン」は驚くほど早く普及しました。しかし、「クラウド」などはもう20年以上前から提唱されている考え方です。10倍改善のインパクトがあるものでも、普及するにはそれなりの時間と労力を要するものです。ここに明確なエビデンスがあるわけではありませんが、2倍、3倍程度の改善インパクトでは、顧客はこれまでの慣れ親しんだ方法論から簡単には移行してくれません。新規事業を立ち上げる際は、10倍以上の改善インパクトを生むことが必須だと考えましょう。

例外として、10倍改善のインパクトを生まなくても普及するケースがあります。例えば、昨今の感染症問題などはいい例でしょう。「ワクチン接種の受付を管理しなくてはならない」「三密を回避しなければならない」といったように、「せざるを得ない」「法律上やむを得ない」といった外部環境における何らかのイベントがあると、画期的なプロダクトではなかったとしても、一気に普及することがあります。しかし、殆どの新規事業は、特に外部環境が大きく変化する中で生み出すものではないため、よほどのインパクトがないと普及させるのは困難です。

最後の観点は、③技術的な実現可能性です。ドラえもんの「どこでもドア」は誰でも欲しいでしょう。「移動」というプロセス(行為)は膨大なボリュームがあり、一瞬で移動できれば10倍以上の時間削減になるのは明確です。しかし、2020年代の現時点のテクノロジーでは「どこでもドア」は実現困難です。「どこでもドア」は誰でもわかりやすい例ですが、最近では「AIで云々」と言えば、とりあえず実現できるのではないか、といった勝手な期待が渦巻いています。本当に現時点のテクノロジーで形にできるのかは重要な検証ポイントです。

仮説検証の生産性を高める

ここまでくれば、検証する新規事業アイデアを選定で来ているでしょう。次は、新規事業アイデアの仮説(灰色)に対して、「白黒をハッキリさせる」ステップとなります。

人は、自らの新規事業アイデア(説)を唱えていると、次第に愛着が湧いてくるものです。そして、正常性バイアスが働いて「この仮説はきっと白である」と思い込むよういになります。仮説検証においては、このバイアスに注意する必要がります。

可能な限り、バイアスに左右されないように仮説検証の生産性を高めるコツは、「白」を証明するよりも「黒」でないことを証明する、という背理法の手順を用いることです。もしそれが成立すれば即「黒」になり得るノックアウト要素を洗い出し、一番怪しいものから優先的に潰し込んでいきます。一つでもノックアウト要素がヒットすれば、その時点で「説」に対して「黒」の認定を行い、新規事業アイデアの検証を終了してしまいましょう。こうすることで、組織に与える傷は最も浅くなります。

この手法を絵にすると、以下の図のようになります。仮説検証を二段階に分けるのが合理的です(図4)。そして、Round.2に入る前(「黒」の要素を取り除いた「白」に近い「灰色」)の段階で、本当にその「説」に取り組むべきか、最終的なジャッジを行います。

図4:二段階アプローチ

Round.2は通常、数年がかりの大きな取組みとなるでしょう。特にDX系の新規事業を進める場合は、一定規模のシステム投資も必要になります。大企業といえども、Round.2を乱発することは人員リソースの観点においても投資額の観点においても実施困難です。しかし、Round.1であればば、より多くの新規事業アイデアを取り扱うことができるでしょう。このような手順を踏むことで、新規事業に関わる不確実性を徐々に取り除いていくのが、仮説検証の生産性を高め、リスクを逓減させていくコツとなります。

最後に、ノックアウト要素となる懸念を洗い出す効果的な方法について紹介したいと思います。下図に示す通り、新規事業アイデアは10個の観点から批判を加えることができます(図5)。

※図5:説の批判のフレームワーク

こちらのフレームワークを活用して、まずは自分自身で批判を洗い出すことに注力するのが良いでしょう。この作業は一人でやってもいいですが、できれば多くの人からフィードバックをもらう方が望ましいと思います。マネジメント層から批判を集めるのも、合意形成をする上では非常に有効です。こうして洗い出した批判について、ノックアウト要素となるものがどれかを選定し、早期に「黒」ではないことを明らかにしましょう。

以上が私の提唱する、大企業における新規事業開発の進め方となります。大企業の新規事業開発担当者の方で、「もっと詳しく知りたい」「ここがわからない」という人がいらっしゃれば、こちらのフォームからお気軽にお問い合わせください。初回相談に限り、無料で実施しています。

※受付後、メールにてご回答致します。

【余談】ディフェンスを更に高める「社内DX」のススメ

仮にあなたの会社が、デジタル技術を活用したイノベーション創出が必要不可欠だったとしましょう。しかし、デジタル技術の知見が弱く、一度の黒星がその後のキャリアに悪影響を与える組織だったとしましょう。この場合、いきなり、新規事業開発からスタートするというのは得策ではありません。

「敢えて何もしない」という選択肢もありますが、少しでも良い方向に進めようと思うのであれば、ひとまずは「社内DX」を推進することを私は推奨しています。「社内DX」とは、現状既に社内で行われている「プロセス」をデジタル化する取り組み(≒デジタルを活用したBPR)を指します。社内稟議、報告書の作成、勤怠管理、予算管理など業務プロセスを対象は非常に広域に渡ります。

「社内DX」を進めるうえでも、「説」のフレームワークは効果的です。「社内DX」の場合、主語に入る言葉は「社内業務」となります。DXなので、「新しい手法」には、デジタル技術を活用したものを入れることになります。社内DXで10倍改善の効果を生むことは困難かもしれませんが、業務量の大きなプロセスを10%程度でも改善すれば、一定の効果が生まれるでしょう。この取組みを推進することで、社内のデジタルに関する知見も徐々に高まってきます。

洗い出した社内DXの「説」のスクリーニングを行い、実現の足かせとなるノックアウト要素を潰し込んでいくアプローチも、新規事業開発を進める場合と全く同じです。これまで説明してきた流れを意識して社内DXを推進し、経営層とコミュニケーションを重ねれば、「成功」と「失敗」の価値観も次第に変わってくるかもしれません。経営層に対して、「当初は良い仮説だと思ったのですが、詳細に調査したところ、残念ながら『黒』でした」と、このように説明します。デジタルという未知領域では、普通に「黒」がでる、と経営層含め組織のみんなが思うようになれば、いざ説フレームワークの「主語」を新規事業に切り替えたときも、スムーズに議論を行うことができるかもしれません。

企業文化は一朝一夕で変化するものではありません。将来的に「デジタル領域の新規事業開発能力」を組織のケイパビリティとして取り込みたい場合には、企業文化の実態に合わせて、敢えて段階的に行う方が近道かもしれません。いきなり新規事業開発に取り組むのではなく、その準備段階として「社内DX」に取組み、タイミングを見て新規事業開発にシフトしましょう。この辺りの考え方については、以下の記事にてまとめてあります。是非そちらをご参照ください。

関連記事: 【急がば回れ】新規事業部門は「BPR」から始めよ

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